僕は今でこそ裏表の差がなくなってきたと思っているが、それでも仕事の顔とプライベートの顔を使い分けていると思う。仕事の時は明るい自分を演じている。だがプライベートな時間で一人過ごしていると、仕事の顔しかしらない人からしたら僕と気がつかないほど無愛想なのだ。

僕は自分を演じている。それを自覚している。大きく分けると仕事の自分とプライベートの自分だが、細分化するともっと細かい。時々どの自分が本当なのか分からなくなったり、どの自分になったらいいのか分からなくなることもある。だがそんな時は決まって物静かな自分になる。だから僕の素は、人見知りとか、無愛想と言われてしまうものなのだ。

休日に誰とも約束が無ければ、一言も口をきかないのはもちろん、泣いたり笑ったりもしない。無表情だ。買い物に行けば店員さんと会話する場面はあるわけだが、いつもジェスチャーで対応してしまう。別に店員さんが嫌いというわけでもなければ面倒というわけでもないのだが、そうしてしまう。まぁ、面倒というのは多少あるか。会話した結果、相手が話を続けでもしたら「話が面倒だなぁ……」と感じてしまうから。

お気に入りのアウトドアショップがあるのだが、そこの店員さんは元気なのが残念だ。普通は喜ばしい点なのだが、静かに買い物をしたい僕としては厄介なのだ。「何かお探しですか?」「ご試着しますか?」など、気を配ってくれるのだが欲しいものはまとまっているし質問があれば自分からするしと思っているため、「ほっといて」となってしまう。大体話しかけられたら「大丈夫です」と答えるか、手でそういうジェスチャーをする。

極力会話を避けたいがために、話しかけられやすい外出を避けるようにもなった。近所を歩けば知り合いが多いので会話になりやすい。「こんにちわ」と近所のおばさんに声をかけられれば無視はできないし、「いい天気ですね!」なんて会話を弾ませてしまう。気を使って。それが嫌というわけではないが、疲れはしてしまう。だから休日は家にこもっているか、知り合いのいないところに遊びに行く。

友だちと遊ぶときは、休日というふうに見ていない。仕事ともいえないが、休みではない。だから週1日しか休みが無い日に遊びの予定が入ってしまうと心が休まらない。友だちと合っていれば、楽しい僕を演じるからだ。

  • Posted on 7. 11月 2013
  • Written by non24
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